2019年05月01日

挑戦と考察をしない社会

 こんにちは、パン助です。

令和になりましたね。だからと言って平成との境を夜遅くまで起きて迎えることもなく、いつも通りです。

さて、先日は運転手で千葉の方に行ってきました。
高速道路はゴールデンウィーク初日の土曜日の夜はてっきり混むのかと思っていましたが、ディズニーランドもガラガラだったようで、皆が混むと思い込んでいて避けた結果、東名も首都高も今までにない位に空いていて驚きました。

最近、世の中の人達の危機感の無さに、正直不安をおぼえます。
特に、若いこれからの世代。
僕もまだまだ若い世代でいるつもりですが、去年のパン屋で大学生を何人か雇っていて思ったのですが、ここまで仕事を頑張ろうとしない子がたくさんいることを、その地域のせいだけかと思っていたのですが、やはりそうではない気がします。

いつの世代も、年寄りは「これだから若い子達は」と馬鹿にするというかもしれませんが、僕の考えはこうです。

まずインターネットの普及に置いて、調べれば何でもでてくる、人に教わらなくても情報は自分で調べればある程度はわかる時代になりました。例えば、将来何かやってみたい仕事があったとして、それがパン屋だとします。パン屋をインターネットで調べると、パン屋の情報が出てきます。
ネットは負の情報が多いし広まりやすいですよね。だから「ああ、パン屋大変なんだやめとこ」とあっさりと引いてしまいます。
 
このように、調べたら出てきた情報で、わかった気になってしまう。
人間は自分の都合のいいように受け取るようにできているので、やらなくていいことは極力避けるようになります。大変なことは避けようという思考になります。

挑戦するという事はリスクを背負う事です。
挑戦をするリスクを避けるために情報が必要になります。情報の不足こそが失敗の元だからです。

 しかし、情報をネット上でしか仕入れないで世の中に踏み込んでいかない人達は、ネットだけの薄っぺらい情報に情報不足でくじけることになります。そもそも挑戦をしないということは、リスクを避けるということと考えます。要するに、失敗を恐れるということは、挑戦をしない、失敗するぐらいなら挑戦をしたくない、といつのまにか、リスクや挑戦を避ける傾向になります。

 その結果でしょうか。
いかに楽して時給の高い仕事をするか、簡単なアルバイトの仕事で給料を稼げるか、という考え方がはびこっているように思えます。
 工場のライン作業なんかは単純作業の繰り返しでその代わりに時給が高いですよね。でも単純作業の繰り返しは将来の自分にとっては技術が身につくわけでもなく、給料のため自分の時間を失うという代償があります。ただ働くにしても、やりがいが無いため人はより良い職場環境や、人間関係、給料など、何か自分にとってメリットがあるものに向かうようになります。

実は先日韓国の大学の教授と知り合うきっかけがあって、色々とお話をさせていただきました。
韓国は最低賃金が全国で一律なのですが、急激に最低賃金を上げたため失業率が増加していると聞きました。基本的には日本と労働賃金がそれほど変わらないことや、大変な仕事(工場等の単純作業)を避ける傾向にあり、日本と同じく工場は外国人労働者が多く働いているとのこと。要するに、仕事はあるけど自分が働ける仕事しかしたくない、そんな状況に加えて、最低賃金の値上げにより物価もあがるため、企業側が苦しくなり雇用をしなくなる状況。日本の方がゆっくりと最低賃金を上げて来たのに対して、韓国側は急に最低賃金を上げたのでその状態がより顕著なそうです。

今、僕が仲良くしているベトナム人の子達はとても頭がいいです。一人は日本の東工大クラスの大学を出ていて、どんな機械も誰よりも理解が早く直せてしまいます。明るくて勤勉で大変な仕事も日本とベトナムでは給料が4〜5倍違うので一生懸命こなします。大抵の日本人では勝ち目がないです。
 日本の技術者はみんな高齢で若い子がほとんどいないので、今後も技術はどんどん海外に流れていくと思います。最終的に資源が無い日本は勤勉さと技術で成り立っていたのにそれが無くなったら不安以外の何が残るのでしょうか。

何の考えも無しに、若い人がたくさんいるからと目的も無く地方から都会へ向かったり、給料がいいからと頑張りもせずただ時間を潰すように働いたり、上っ面の情報だけを見て挑戦もせずにわかった気になって、気づいたら歳だけ重ねて中身が無い状態に危機感は無いのでしょうか。
元経営者からすれば、今後は確実にぬるま湯に浸かった楽な仕事を選ぶ日本人は仕事が無くなるだろうし、一生懸命の外国人に確実に仕事を奪われていくと思います。
 海外に出て語学を覚えてお金を稼ぎに行くっていう時点でそもそも行動力凄いですよね。

全然関係ないけど、別のベトナム人の子はとても漢字が得意で、漢字を教えてもらうととても面白いです。

ベトナム人「日本の漢字はとても面白いよ!」
ベトナム人「”嫁”という漢字は女が結婚して他の人の家に行くから”嫁”です。」
パン助「お〜なるほど〜」
ベトナム人「でもね、嫁と言う字は女は家には入れないね」
パン助「えぇ、、あはは、、、(なんか姑が言いそう)」
ベトナム人「だから女が家に入ると安心の安になる」
パン助「おお!」

と、日本語で淡々と漢字の仕組みをオチまでつけて説明するんです。彼は転職するため僕が面接の練習したんですが、面接する企業の視点にたった考えをきちんとしていて、あっさりと合格報告をもらいました。

僕は今後は自分のやりたいことに集中するため、今の会社とは雇用形態を変えて、いくつかの資格の取得と行動を起こすことになります。

って、何年も前から同じこと言ってる気がしますが(笑)今年はかなり具体的に詰めてます。

これから開業する人達にとっての朗報になるように、色々と考えていますので、令和元年もどうぞよろしくお願いします。

それでは、パン助でした。
posted by pansuke at 17:24 | Comment(3) | 日記
この記事へのコメント
考えさせられます。何年か前は最低賃金ではありましたが、必死で働くことに厭いませんでした。ただ、震災後でしょうか若者の就労の形はそれぞれで、一生懸命働く方々もいる中で確実に何かが変わった部分もあると思います。
Posted by 者。 at 2019年05月03日 20:09
パン助さんがパン屋を営んでいた頃にブログを見て、とにかく読みこんでいました。パン職人の内部をブログを通して読んでいたことに懐かしさを覚えます。それから月日がたち環境が変わったパン助さんは僕が見ていたパン助さんではなくなっていました。馬鹿力は凄いと思いますが、昔の記事でパン以外の仕事という文章を見て納得しました。1人で苦悩してリスクに立ち向かうパン助さんと現在のパン助さんの文章は変わってしまっているようにも見え、環境が変わるとここまで考えも変わるんですね。それが一般的な価値観なのかなと思いました。人の苦労は環境が変わることで自身で忘れることも消すことも出来るのでしょうか。理想を掴めれば、自分を一番にしてよい、横暴でよい社会になってしまったら、すべての人が生きにくい社会になると思います。
Posted by 者。 at 2019年05月03日 21:42
 者。さん

者。さんのいう環境というのは、僕の環境のの何が変わったと思いますか?


実は僕はむしろ最近になってやっと昔の自分を取り戻してきたように思えます。やりたいことがあってそれに楽しんで取り組める自分です。毎日ワクワクしているのは、ここ最近になってからです。


環境というのが漠然としていてあまりピンときませんが、僕自身は昨年の後半にほとんど惰性でパン屋をやっているような時期があったと思います。

 
そういった自分の感情や行動を抑えてテナント内のパン屋で経営したり、また今のように会社という枠に収まるのは、僕の体質に合わないので、むしろ本来の僕でいられない環境だったと思っています。
 
あまり多くはまだ言えませんが、僕は来月には会社員という雇用形態をやめて自分のやりたいことをまたやります。なので、今の僕、を見てこのコメントをしてくださったなら、今の僕は思考の葛藤と行動の繰り返しのような状態である意味とても不安定な状態です。

5月1日に書いた文章は、変わったというより客観的に読んで偉そうで説教くせーなー、散々遊んでた元ニートのくせに、というのが、自分の感想です(笑)


文章については自分でも心が通っている時とそうでない時があります。どっちが本当の僕かというのは答えるのが難しいんですよね。感情を垂れ流すように書くときもあるし、言いたいことを淡々と書くときもある、どれも僕だと思います。日記ですからその時の僕ですね。


自分自身とても合理的で無駄を嫌う自分と、楽観的で無駄から得るものもたくさんあるという両極端な自分、あるいは感情剥き出しの自分など、複数の自分がいるので他人に文章のことを言われても、その時の僕はそうだったんですね、と脱皮したぬけがらを見るように、別人のように見ています。しかし、それを気にすることはあまりありません。過去のブログも情報としては興味がありますが、自分自身はまるで変わってないと思っているので。


>横暴でよい社会になってしまったらすべての人が生きにくい社会になると思います。

「横暴」とか「馬鹿力」というコメントがありますが、そのあたりは何のことかよくわかりません。僕がそういう風に見えるということでしょうか。
僕は自分の夢を追っていますがその結果はむしろ横暴や馬鹿力とは程遠いものですよ。

あと、すべての人の生きやすさとかは考えていないです。ブログを見ていてもわかるとおり、敵対する人や邪魔をする人には攻撃的になるし、応援や頼ってくる人、いい意味で関わってくれる人は皆幸せになればいいと思っていますよ。

Posted by パン助 at 2019年05月04日 01:57
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